かんのんさまの誕生日

Blessings Everyone!

もうちょっとでお母さんの誕生日なんです。

物心ついてお母さんの誕生日をお祝いしたことないからな。

家は5人姉弟でしたから、子供たちの誕生日をするのも大変でした。

景気が良かったときでも、誕生日プレゼントなんかは誰一人もらったことなく、

同じ商店街の洋菓子やのプチさんか、シャモアさんの

誕生日のケーキを買ってもらってました。

ラッキーにラッキーが重なって、某広告代理店で働き出して、

鼻が折れそうなほど、高くなっていたころに

お母さんの誕生日に高いバックを買って、

直接渡すのが恥ずかしかったので

会社から佐川急便で送ったら

携帯に電話がかかってきて、

「会社のお金を私用に使いなさんなよっ!」と、

すッごく怒られました。

今考えると、その通りなのですけど

当時のあたしは 「もう~なんだよっ!」と

期待してた反応とは違う言葉が返ってきたので

がっかりしました。いや、キレたかも?最悪です。

その後、NYに引っ越すわけで

そのときも

「自分で決めて 一人でがんばるんだから」と、

ビザも住むところも勝手に決めて事後報告だったにもかかわらず、

あっさり承諾してくれて

NYで遊びほうけて、学校もろくにいかず 

さらには男にだまされて、誘拐までされて、領事館にお世話になる始末。。。。

だけどお母さんは、「大丈夫、身体が大丈夫なら大丈夫」と言って、

お金を送ってくれました。

家財道具、一切を売り払って手に入れたチケットで日本に着いたら、

次の日がじいちゃんの一周忌でした。

それでもわたしは納まらず、10ヵ月後、NYにまた帰ると言い張り、、、

半分嘘ついてまたNYに来てしまいます。それでも何も言わず見守り、

借金もNYで何とか返し、そのころでも寝ないで遊んで、電話するたんびに

ヨーロッパだったり、フロリダだったり、アトランタだったり、韓国だったり

どこにいるかもわからない娘。。。

そして、

その後にわかった病気。。。。

死すら覚悟して、やっとお母さんに電話して伝えたときも

「大丈夫。きっと大丈夫だから」と、言ってくれました。

そまがお腹に宿ったときも、

「大丈夫、なんとかなるから授かったんだから!」

「あ、日本人なの~?!良かった~日本語通じて!」

心配はそれぐらい。

どんなときも、ずっとわたしを見守ってくれて 助けてくれました。

おしんのようだったわたしの小さいときのことを

いつも後ろめたく思っていたって、泣いてくれたお母さん。

ありがとう~お母さんがいるから、わたしがいる!

心配してくれるお母さんのこと、ちっとも振り返りもせず

暮らしてきました。だけど、振り返るとすぐにお母さんがいたこと、

本当に、いまこそ感謝したいっ!!(涙

ひゃー!お母さんは わたしのかんのんさまBy みつを風

わたしやっとお母さんのお誕生日を心からお祝いできる!!

まこと、34歳。やっと、素直な赤ちゃんです!

いっぱいありがとうを言おう。愛してるを言おう。

夏にハグしたら、汗臭いと言われたけど、

もう寒いからいっぱいハグしよう。

本当にこんなに素直になれる自分がいる。

わたしがわたしにも感謝したい。

よくぞ、生きて、ここまで来たも~んだ~♪

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主人公のラーマのために山でも持ってきちゃうハヌマンのような気持ち。
大好きなお母さんのために なんでもしたい!
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by makotokozu | 2010-11-06 18:52
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