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ドラッグのカルマ

Blessings!


わたしがスピリチュアルな世界に興味を持った

最初のきっかけは、

サイケデリックドラッグでした。

はじめはパーティードラッグから始まり、

とにかく何でもやりました。

はじめは楽しければよかったのに、

人間のわたしの内面を見るような、そんな体験を何度かすることになったのです。

毎回のトリップがまるで修行のように

ぶっ飛んだまま、NYCを歩き回り、巨大なモンスターのような地下鉄に乗る、

そのまま音と光の大洪水、クラブに突入。たくさんの音と光、人々の溢れるエネルギーを存分に浴びて

それは、わたしだけの禊のような・・・


ある日

LSDを取ったときの体験が、正に

生と死のぎりぎり・・・きわのキワ、

死ぬ、死んでしまう、、死ぬ?!

誰が死ぬんだろ?

もがく、苦しいい、失うわけにはいかない、、、

掴み続けている

意識=自我(わたし)の崩壊と同時に  

無機物、有機物、植物、酸素、、、、の、すべてが小さい愛の分子でできていた。

音にまで色があるし、形もあった。

小さな葉っぱにまで、血液が流れていて

生命の循環を感じたし、花は美しい曼荼羅で

神性をまさに体現していた。

キラキラして、世界がはじめて美しいと思った。

すべてのなかに神性を見て、感じました。

どんなものにも、後光が差していて、

そのもの、そのまんま、あるがまま

ただただ光がありました。




このときに、こころに何かやましいことや、

不安なことが少しでもあれば、容赦なく

地獄のような体験をします。

不安なこと、心配なこと、恐れていること、怒り、欲のあるこころ、醜い自分

それらが増幅し、それらを作り出している「自分」が狂いだします。

とどまれば、それはつらいことになり

気が狂う寸前、「死」が目の前をちらつきます。


自我を焼き尽くされる。


そして焼き尽くされた後に残るのは

赤ちゃんみたいな純粋な、、なんだろう。


そのときのわたし、何にも影響されていない、ツルツル・・・

純真無垢、

何がわたしをブロックしてたんだろう?!「わたし」がいない??

ちいさなバクテリア時代、魚の時代、腹這いになって陸に増えるわたし、哺乳類のわたし?

そして人間ばぶばぶ~!?どひゃー!? 小さな体に入っちゃった。

だけれどすべてのすべてにわたしの一部が存在していた

その全ての記憶を一気に体験しました。

そうして、降参します。限定された「わたし」を全身全霊を明け渡すと、

母なる光とでもいうか、、、、

そこはなにもない

なのになんでもあり、なんでも可能な、、無限の至福へ飛び込むという体験をしました。





そのあとに知り合うのんさんが貸してくれた
中沢新一の「三万年の死の教え」にあった
チベット死者の書というチベット密教の本のなかの

バルド トドゥルといわれる世界が、

LSDの体験によく似ていたのです。

そして後に知るヨーガによって

わたしの人生をかけて探していた道が開けてきたわけです。

わたしは、サイケデリックドラッグで見たあの光景と体験が

事実だと証明したい。いや、することになる

わたしのカルマです。

あの至福の海や、想像を絶するような美しさがあることを。

きっとチベットのラマ(お坊さん)たちはLSDをとらずに

あの境地を知覚していたんだから。

そして死んでからそれを悟るよりも

生きてるうちの悟ることができたら

どんなにこの世界が至福で満ち溢れているんだろう?!


それから

始まりました。

わたしカルマの精算が。


アップステートにシャーマンがやってくるといえば、

友達と3時間もバスに乗り

ぺヨーテセッションを受けに行ったり

厳かに行われるアヤワスカWSに参加しました。

10日も断食したり、


夏は、ほとんど裸のような格好で

セントラルパークでアーサナをして

キノコを食べてヨガクラスへ通い、

アシッドを取っては、

プラーナヤマのあとの瞑想で、気絶していました。


今考えると、本当によく生きていたなぁと。


なんでわたしは、病気になったのか

なんでわたしは、生かされたのか

なんでわたしは、ここにいるのか

いったいわたしは、誰の意思で生きているのか

そもそもわたしは、いったい誰なのだ?

わたしという自我を手放すのに


もうすこし、もうすこし、と思うと

飛んでいってしまう。

光が溢れ出る泉のなかで 

すっかり遊んでいるのに


 「アシッドをとれば、キリストの部屋に入り

        キリストと握手ができるが、 

               2時間もすれば

                 部屋から出なければならない。」
                   
                            マハラジ


うん、

マハラジ、その通りでした!

   
 「LSDはスピリチュアルな目覚めは期待できるが本当の悟りではない」



そして とうとうヨギさんに出会う。

2006年、アツいNEW YORK の夏のことでした。

ヨーガの真髄に触れた。 

アシッドなしで

あるとき瞑想から覚めたときに

ヨギさんが


「ほーら、、、楽になったでしょう?」

       にっこり^^



・・・うん、輪郭に触れた感じ。

なんだか、ヨギさん

そこに帰れば、

みんな知ってるんだね。


そこから「わたし」を生きればいいんだ。



それからも、ずっと

いまも精算し続けてる。

あの素晴らしきLSDのカルマを

しっかり受け止めてます。



旅は続く~~~


When Ego is lost, limit is lost.

You become infinite, kind, and beautiful.
( today's yogi tea)

Love,

makoto

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by makotokozu | 2011-04-19 18:56 | ドラッグのカルマ