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これからのガイド

Blessings!

今日はクリスマス!

アメリカの友達からクリスマスカードが何枚か届きました。

ありがとう。

日本の郵便やさんもカードは輪ゴムでまとめて

ちゃんとクリスマス当日に配達してくれるんだね。

感謝です。


最近考えてることをシェアリング。

来年から、

びっくりするくらいチェアヨガのクラスが増えるのです。

すごく需要があるっていうことなんだけど

アシスタントを頼んだりして、

大人数のクラスでこなせればいいんだけど

クラスの質や、雰囲気、みんなとふれあうことは、

少人数制のクラスの様には行かない。



チェアヨガに来てくれるひとは、

ほとんど物理的に一生懸命来てくれた人。

足が痛かったり、元気なかったり、

不安だったり、妊婦さんだったり

それでも前向きにクラスに参加してるから。

わたしも真剣に向き合いたい。

呼吸を合わせて、主神たる宇宙のエナジーを

この体いっぱいにして、

愛と共にひとりひとりに触れて伝えていく。

ヨーガをツールとして、たくさんの人が

自分の神聖な部分に触れることができるように

いつしかわたしのヨーガクラスから、

チェアヨガを伝える側になってくれる人がいるといいなぁ。
by makotokozu | 2010-12-25 12:52

地球人・親子でクッキン’クリスマス

Blessings!

親子でクッキンクリスマスに来てくれた親子のみなさま、

ありがとうございました。

準備に相当の時間と心身的疲労が重なり

自身のアーサナをする時間もなく、

完全にヘロヘロ状態でした。

終わってしまえば、

またやりたいなぁ☆

なんて思う、M なわたし。

来てくれた親子は、みんなファミリーのような

近い存在でした。

子供たちを見ている、目線?

、とでも言うかな。

NYでアースリングキッズヨガ(地球人の子供ヨガ)

を友達のリサと立ち上げたとき、

「国籍が違ってもヨーガのこころが基準となるように」

が、目標でした。

いま、善悪がよくわからない子供が増えてます。

ゲームでは戦争ごっこオーケーで、

死んだら、なんどでも生き返るけど 

現実はだめなの????

親のわたしたちは、いまだからこそ、

目覚めた子供たちが

これからの地球を救うと、しみじみ気がついています。

昨日集まってくれたママたちは少なくとも気がついていると思う。

いまどきの子は、すでにもう高いレヴェルの話でもわかります。

親のわたしたちの信仰心を理解します。

問答無用で子供たちを押さえつけるのではなくて

神の心を理解させる。(母であり、父であり、宇宙の意思です)

それは、わたしたちの後姿が一番の子供たちの教師です。

わたしたちが属するのは、

わたしたちが存在する理由を知っている

唯一の意識。

繋がっている宇宙であり、高次の意識。

わたしも輪郭が見えてきたばかり。

一緒にこの旅を楽しみましょう。

わたしたちも子供たちも、これからの地球人です。

Empty yourself Let the Universe fill you

(アーサナのあと瞑想したので、いいのがでました~(涙)
Hari Om!

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今度はピースマークのタルトをみんなで作ろうかな?
by makotokozu | 2010-12-23 18:40

いいわけ?

Blessings!

今日はね、ちょっと思ったことを。

分析好きの方が、多いですね。

なんかっつったら、分析して、カテゴリーに入れたがる。

なにかあったら、分析して カルマのせいとか

前世の記憶とか、トラウマだ、

そういって諦めてしまう。

分析するなら解決しましょう。その先を目指す。

対処療法だけでは、また同じことだもの。


「たとえ極悪のカルマを持つものといえども 

たえずわれを瞑想するものは すみやかに過去の悪行の因縁より脱すべし。

かかる人の魂は高められ やがて永遠の平安に至らん。

しかと知れ、われを深く信ずる者は 滅びることなし。」 
                                      バガバッドギーター

瞑想をする。

習慣がない人は難しいです。だけど、

この今生で、起きていること

すべては、「いま、ここ 」あるのみ!!

過去も未来も関係ない。

ヨーガでアーサナをするとき、瞑想するとき、

見つめるのは、自身だけです。

そこには、全てがあってすべてない。ゼロの境地。

「わたし」という自我「エゴ」の粋から

少しでも出られたとき、

無限の愛からすべては起きていた事を知る。

あなたとわたしの垣根はなくなり

トラウマとか、前世とか そんな次元の話は

問答無用、消滅します。

二元論でもなく 大いなる円満。


瞑想でブラフマンを体得した仏陀は、超現実主義

だからこそ、たくさんの人を救いました。




いろんな情報が飛び交っているからこそ、

伝えられたらいいな。
by makotokozu | 2010-12-19 19:51

いつまでも覚えていたいこと。

Blessings!

昨日昔の旅のことを書いたので、

以前のブログを見返していました。

なんか、こう試行錯誤、

一喜一憂、真剣に生きてる。かわいい わたし。

泣いたり、笑ったり、苦しかったり、あはは~

いいですね。記録に残すというのは。

あるとき、病気から復活したわたしは

ヨガセンターで花を生けたり、

足をもみながら、霊気ジョウレイして歩いてたときがありました。

そのときの日記がありました。

ちょこっとシェアリング

==============
(長いから途中から)

いま花とエナジーヒーリング、ちょこっとアーサナを一緒にさせてもらっている人がどんどん増えています。

大腸がんで術後、一時本当にあぶなかった向かいのおじさん。近所で嫌われ者だったけど、お笑いDVDとジョウレイと玄米七分づきおかゆ攻撃と「元気になったら周りの人にやさしくする」って約束を彼の神様とさせた。いまは近所で彼の悪口を言う人はたぶん、いません。みんな生還者ってよんで、労わってくれたりサバイヴした話を武勇伝として語り、みんなの心強い相談者になってます。93も最近復活。痛み止めです。最強タイレノール錠剤より断然いい、とわたしもかなりお勧め。

テレサと旦那を先月なくした長女と足の悪い次女、いっつも不幸話の競争をしてた彼女たちが、だんだんと明るくなってきたこと。最近はそまにおもちゃをくれたり、わたしに有給でチェアヨガ依頼してくれる。

フランスから来たブラジル人シンガーは、古傷で長時間立ってパフォーマンスが無理なんだけどブラジリアンフェスティバルで最後まで熱唱。女神のようでした。ありがとう。

大学生で透析をしてる女の子。週3で全身の血をきれいにしてまた体に戻す。毎回4時間くらいかかって血圧も超上昇。透析の日はその後何もできなくてぐったりしちゃうんだって。週3回も何もできない(遊べない!!)大学生ってかわいそう!!わたしがその年だったら、遊びたい盛りだし、NYCよー!
でも金曜日は最近遊んでるのよー!彼氏ができたのよ。とか報告してくれる。
うれしいし、いい男なら紹介してよ、って感じ

長男ジョージがハイパー(ADHD)の彫刻家のエイドリアン。旦那さんともうまくいってジョージはそまとお花を小さいカップにいけるのが大好き。とても静かに、お花をそーっと扱ったりして穏やかです。両親が仲良しであれば、こどもも安定するのね、と学ばせていただいた。ありがとう。

最近のうれしいことは、MOMAにも作品を飾ったことあるアーティストのアランさん。足を骨折してて、動けない。手術が必要かも?!というけど絶対大丈夫。どっちに転んでもそっちがベストウェイよ。とお気楽なわたし。彼も安定してきた。彼のスタジオはトライベッカにあって、アーティストらしく(?)もうめちゃくちゃなんだけどとにかく話や彼の作品がすべて禅にまつわる感じなんだ。
カリキュレートされているというかね、彼なりの四角い曼荼羅。
白人なのでね、結構西洋化された禅て感じ。お互いにいろんな話、宗教チックだったり、インドのグルの話だったり、ティモシーやラムダス、60年代のアメリカの話をたくさん教えてくれたり。エキサイティング!

ヒーリングするというか、お互いに向き合い楽しんでる感じ。
はっきり言えば実際わたし自身なんもしてない。

わたしと向き合ってくれてありがとう。わたしもとても癒されています、とお礼をいいます。

身体が悪い人、痛い人は自分が情けなかったり、みじめだったり、人の役に立っていない、とか負のイメージを抱きやすいのかな? 少なくともわたしはそうだった。
いまこうやって向き合ってる人は過去のわたしだ。人の痛みをわかるためにわたしも病気を経験したんだ。

「身体を癒すより、魂を癒したほうが早い。」
これはわたしが病気で苦しんでいたとき
恩師が言ってくれた言葉。

みんな一生懸命生きている。
ただ、生きているから生きているんじゃなくて、生かされてる、って感じるようになる。。
真正面に向き合って、その人と一緒に瞑想するといろんなことがわかってくる。どんなコンディションでも生きてここにいる。それってすごく祝福すべきことだわ!

そんなこといっても、昔は「へーん、そんな不幸なことあったって、あなたアメリカの市民じゃん?、いいじゃんー。守られとー(なぜか熊本弁)。」なんて思っていた。すいません。

どんなに周りから見て恵まれてそうな人でも孤独で寂しくひとり戦っている人もいます。
自分の痛みや悲しみはは自分しかわからないもの。自分を癒せるのは自分と見守ってくれる人、そして自分の天命を知ること。それは必ず自分のためでもお金でもないの。だけど実は自分にすべて返ってくるという、ありがたい仕組み。すべてはうまくいってるんですねー、まじで!
絶対学校じゃ教えてくれません。でもこれが一番人生で大事なことだ=!

わたしのようにめんどくさかったり、つらかったりしても「まぁ、いいか~」とか「わたしの生命は大宇宙の生命ととつながっている!」(自信が満々)「すべてうまくいっている、過程なのね~」とお気楽に考えられる人はいいけどね。ラッキーです。まじ。
自分のための魂の活力を知ること。
わたしは踊ることといいエナジーの人とハグすること。(いい男ならなおオッケー!)
暗くよどんだ人には、いっぱいの愛を前面に出して包んであげよう。

これからタクシーに乗り込んで、エナジーまるだしで踊りに行くわよ~!

2008・9・25
==================
今とおんなじだ。
このときの気持ち、忘れないようにしよう!

Spread Love

Makoto
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イーストヴィレッジのヨガセンターのお花活けたとき。
このあとのヨギさんのサットサンガのために。まじ、綺麗なんですけど!(自画自賛!)
by makotokozu | 2010-12-17 22:36

Enjoy Your Journey

Blessings!

わたしは知らないところへ行くのが大好きです。

ぷらーっと当てもなくいったり、ひとつだけ予定を決めて

あとは、運に任せるまま~なんてことも大好き。

そこでのハプニングがたのしみ。

出会う人、
出会う場所、
何でここに着たか、

初めての場所でも

なんとなく必然のような

懐かしくもあるような

そんな気分になる。

NYから3,4時間くらいドライブすると、ニューポートという町がある。

ニューポートにある大学で南米からシャーマンを呼んでの

ワークショップがあるというので

友人と参加した。

最初、peyoteセッションと聞いていた

ちょうどDR.ワイル博士の影響でシャーマンや、植物の持つ薬効性の真実

サイケデリック体験により、ワンネス・無限の愛を感じるインスタント悟りを経験してたし、

治癒のスイッチ、プラシーボ効果を得られるという期待もしていた。

実際物質的には3時間くらいの移動だったけど、

素晴らしい旅だった。

「Enjoy Your Journey」

 あなたの旅をたのしんで あなたはあなたの旅をたのしんで・・・・

そこでシャーマンといわれる人に出会った。

あとで考えると、ヨギさんのように見た目から

「あ、この人!知っちゃってるよ!」的なものは感じなかったんだけど

しゃべってることなに言ってるのかわからない。

だけど、なにかこう、歌が

ここちいい。Bassとか利いちゃって。

何人かのサポーターと呼ばれる人たちもいて

わたしたちは上下白の服を着て

ある植物のつるを、どろどろにしたやつを

初めはショットグラスの小さいやつで、頂く。

まずいっていうか、

口の中がなんだかコケ(苔)だらけ?!?!超不快。

ただならぬ緊張から胃が受け付けるか心配だった。

バケツとか置いてあるし、吐いてもいいと言われた。

こんな知らない人たちとシャーマンの儀式に出てるし、

飛びすぎて、英語とかも聞き取れなかったら死んじゃうんじゃないか?とか

結構まじめな?宗教チックな厳かな感じなのに

わたし、わたし、わたし。。。。っていうか

歌うたうの止めてくれない?めっちゃこわい、

そもそも 英語じゃない言葉しゃべってる~~~(汗

どんどん手が冷たくなって あ、トイレ行こう。

あらあらあらあら~

シャーマンおじさんビールのジョッキで飲んでた・・・

あたまん中 

ぐるぐる~ぐるぐる~おえ~っ!(吐

しばらくバケツの中で目を閉じて、落ち着こうとした。

もう、歌は聞こえなかった気がする。・・・

目を開けて周りを見ようとしたら、

Oh NO!!! 

バケツにおいた手の親指が大きくなってる!!!

それも部屋から飛び出しそう!!

おおっ?!足までもあたしの足ではなくってすごく遠くにある。

動かすと遠くで動いてる。。。。。

周りの人は、どうなってるの?

わたしと同じように感じてる?

My look OK?

誰かにいっぱい聞いた。目が開かない。

まぶたが重い。ヘキサグラムが、流れてくる。

音楽に合わせて、流れてくる。音も見える。

ユダヤの☆みたいな、六芒星、いっぱい流れてくる。

音楽に乗って。

目を開ければ、風がキラキラして見える。

小さな霧のような、あぁぁ、そうだ。

あぁ、そうだ。あぁ、そうだったんだ。

なんでか、涙がいっぱい?胸がいっぱい

あふれ出していた。

このときは、

ただ、わかった気がした。

手が自分の感覚ではないのに

合掌をして胸の前におくと

わたしを取り巻くエナジーが手を通して

また循環してるのを感じた。

いきなり、近くにいた人が立ち上がったので

びくっとした。

そのびくっとしたのが引き金になって

だんだん恐い・・・寒いと感じた。

映画が始まった。目の前では

わたしが主人公の映画。

昔の映画?これからの未来の映画?

「わたし」という人生の映画?

それをひざを抱えてみている「わたし」。。。。

そして、

映画を見ているわたしを見ている、もう一人のわたし????

あれ?だれ?物静かな神様チックなすべてを知ってる、あたし?!

頭は冷静で、なんだかんだとわけわからない


肩こった、

・・・・困ったことになったらどうしよう?



誰かが言った。

「たのしみなさい、あなたの旅を」

この時点で、日本語だったかもわからなかった。

ただ、目を閉じて、光だけがあった。

目を閉じても、まぶしくて

そのまぶしさは、周りにいるすべての人や、物、

すべてに感じた。

腕が小刻みに、震えてたぶん貧乏ゆすりをすると落ち着いてた。

覚えたばかりのヨガをすればいいんだ、と

グニャン、となるからだを起して

スワンのポーズをしてみた。

やったことないポーズだったけど、

やってみた。

あっさり、できた。

身体が、まるであたしの身体でないみたい。

できないと思い込んでるのは

限界を決めているのは

わたしの「意識」であること

わたしは、笑って泣いていた。

感謝だけ感謝だけ、感謝だけ

そのうちふわんふあんの、床に包まれて

赤ちゃんになっちゃった~とか思いながら

ふわふあんに囲まれて、戯れた。

明るくて、あったかい、優しくもあり、うん

なんだかなんだろう?

至福って こんな感じ?

あぁぁ、本当に胸からじゃぁじゃぁ流れてくる

愛の泉とひとつになっちゃった。


このあとお祈りがはじまり

その後瞑想しながら身体を動かしながら

ゆっくりと動き出す。

さっきまで知らなかった人たちと、

同じ光を見ていた。

感動してみんなで抱き合った。

もう、知らない人なんていなかった。

みんな わたし。だった。

このとき会った、カナダの

すんごいまじめに人生を探求してるおじさんと

最近

フェイスブックで 再会した。

繋がっているから

ね、また出会う。

わたし自身を探していた、

もう、7年、8年前?の旅のお話。
by makotokozu | 2010-12-13 18:33

マイケルジャクソン;オックスフォード大学での講演より

Blessings Everyone!


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マイケルジャクソン、彼の生前の講演です。
とても素晴らしいのでたくさんの人とシェアしたいです。
去年の今頃はNYのわたしのまわりでは、この話題で持ちきりでした。
彼は偉大なアーティストでスターで、そして聖者でした。
その道を選んできた、清い魂であったと思います。

さまざまな報道で、彼の本質を見られなかったひとも沢山いたと思います。

長いんだけど、読んでみてください。



===========================

神の恵みによって、幸運にも、わたしは人生の早い時期にアーティストとして、プロとしてのたくさんの夢をかなえることができました。

しかし皆さん、このような実績だけで、自分自身を語ることはできません。

5歳の少年は観客の前で『ロッキン・ロビン』や『ベンのテーマ』を元気に歌っていましたが、実際、笑顔の裏側にある少年の本当の心を表してはいなかったのです。

今夜わたしは、ポップの聖像(この意味はともかく)としてでなく、同世代、つまりもう子どもではない世代の聖像として、ここに立っています。

私たちはみな、幼児期の産物です。子ども時代は、人格形成に大きく影響します。

でも、わたしにはすばらしい子ども時代はありませんでした。

両親や周りの大人からの愛情を一身に浴び、最大の心配事といえば月曜日の朝のスペリングテストしかないような、夢中になって遊べるはずの貴重な時期を過ごさずに来てしまいました。

ジャクソン・ファイブをご存じの方は、わたしが若干5歳という年齢でデビューしたことをご存じでしょう。

それ以来、歌い、踊り続けています。

ステージに立っている時や音楽を作り出している時は確かに大きな喜びで満たされていましたが、小さいころのわたしはそれよりも何よりも普通の少年でいたかったのです。

木の上に家を作ったり、水風船をぶつけっこしたり、友だちとかくれんぼしたりしたかったのです。

でも、これはわたしの運命で、周りで遊んでいる子どもたちの笑い声をうらやむことしかできませんでした。

…中略…

普通の子ども時代を過ごしてこなかったのは自分だけだと思ったものです。この思いをわかってくれるのは、実際ほんの一握りの人だけだと信じていました。

最近、シャーリー・テンプル・ブラックにお会いしました。
1930、40年代に活躍した子役スターです。最初はお互い言葉を交わしませんでした。ただいっしょに涙を流しました。

シャーリーはごく親しい友人、エリザベス・テイラーやマコーレ・カルキンにしかわからないような心の痛みをわかってくれたのです。

みなさんの同情を買うために、この話をしたのではありません。

わたしが言いたいのは、子どもらしくない幼児期を過ごしているのは、ハリウッドの子役たちだけではないということです。

今日、それは世界共通の不幸であり、世界的規模の悲劇です。

現代では、子ども時代が悲惨な状況になってきているのです。

喜びを感じたことのない、権利を与えられない、自由を許されない、子どもらしさを知らないたくさんの子どもたちが生み出されているのです。

今日、子どもたちは早く大人になることを求められます。子ども時代と言われるこの期間がつらい段階であるかのように我慢し、できるだけ速やかに通過することを求められます。

この点に関しては、わたしも専門家と名乗れるくらいの経験があります。わたしたちは、親子関係の断絶を目の当たりに見てきた世代です。心理学者は、無償の愛を与えられない子どもたちがどうなるのかを扱った多数の本を出しています。

無償の愛を注がれず、放っておかれるために、実に多くの子どもたちが、自らの力だけで成長していかなくてはならないのです。

かつて世代間を結びつけた強力なのりがはがれるように、愛を与えられない子どもたちは、両親、祖父母、ほかの家族たちから距離を取りつつ成長しています。

こうして、新しい世代――O世代と呼びましょうか――が生み出されました。O世代はX世代から、バトンを受け取りました。O世代は富も成功も、きれいな服も、かっこいい車もすべて手に入りますが、心はやるせなさで満ちた世代です。

彼らの胸の空洞、心の底に広がる荒野、中心にぽっかりあいた空間も、かつては鼓動や愛で満たされていたはずです。

そして、苦しんでいるのは子どもだけではありません。大人も同じです。子どもの体をした小さな大人を育てようと努力すればするほど、大人の中の子どもらしさも失われていきます。大人の生活にも、子ども的な部分を必要とする場合がたくさんあるのです。

みなさん、愛は家族にとって、最も貴重な財産であり、豊かな遺産であり、黄金の贈り物です。

世代から世代へと受け継がれていく宝です。

昔の人たちには、今わたしたちが手にしているような豊かさはなかったかもしれません。家には電気も通らず、セントラルヒーティングのない小さな家にたくさんの子どもたちがひしめきあって暮らしていたことでしょう。

しかし、家は暗くも寒くもありませんでした。愛の輝きで部屋をともし、温かい心で部屋を暖めました。富や地位という欲に毒されていない大人たちは、生活の中で子どもたちのことを最優先に考えたのです。

……

どの人も、自分が愛される対象であると実感することが、認識の土台、つまり意識のはじまりなのです。

髪の色が赤か茶色かを知る以前に、肌の色が黒か白かを知る以前に、どんな宗教に属しているかを知る以前に、自分が愛されていることを実感できなくてはならないのです。

12年ほど前、『バッド』ツアーをはじめようとしたころ、一人の少年が両親とともに、カリフォルニアの自宅を訪ねてきました。

その少年はガンのため、死期が近づいていました。わたしの音楽、そしてわたしのことがどんなに好きかを語ってくれました。

少年が長くは生きられず、今すぐにでも天国に召される可能性があることを、彼の両親から聞き、わたしは彼に言いました。

「ねえ、3 カ月後、君の住んでいるカンザスでコンサートをするよ。見に来てほしい。さあ、ビデオで着たこのジャケットを君にあげよう」。

少年は目を輝かせて言いました。「ぼくにくれるの」。

わたしは答えました。「そうだよ。でも、ツアーの時、着てくるって約束して」。わたしは少年を持ちこたえさせようとしていたのです。

「ツアーの時、君がこのジャケットを着て、この手袋をはめている姿を見たいんだ」。

そうわたしは言い、ラインストーンの手袋を少年にあげました。
――以来、ラインストーンの手袋は二度と人にあげていません。

少年は今天国にいます。

おそらく、ずっと天国に近いところにいたのでしょう。

わたしがカンザスに行った時には、すでに亡くなっていました。あの手袋とジャケットを身に付けて、葬られたそうです。

少年はちょうど10歳でした。少年が持ちこたえようとベストを尽くしたことは間違いありません。

彼が亡くなった時、両親からだけでなく、血のつながりのないわたしからも、自分が愛されたことを実感していたことだけは確かです。

わたしは彼のことが大好きでした。愛情をいっぱいに受けたことで「自分がこの世にたった一人で現れ、たった一人で去っていったのではない……」と思っていることでしょう。

愛されている実感をもってこの世に生を受け、愛されている実感をもってこの世から去るなら、生きている間に起こるすべてを乗り越えられるのです。

たとえ教授に中傷されたとしても、そう感じないでしょう。

上司にしいたげられようとも、へこたれないでしょう。会社の同僚に打ち負かされたとしても、成功の喜びを感じられるでしょう。

愛情を受けて育ってきた人を、心から傷つけることはできません。

自分が愛される価値のある人間だという実感をもっているからです。

それ以外の感情はただの包み紙のようなものです。

しかし、愛された記憶がなければ、心を満たすものを求め、世界中を探し回るようになります。

どんなにお金を稼ごうとも、どんなに有名になろうとも、まだ虚しさを感じることでしょう。

本当に探し求めているのは、無償の愛、つまりは無条件に受け入れられることです。

生まれた時に、享受できなかったものなのです。

想像してみてください。

ここにアメリカの典型的な1日の特徴を示すデータがあります。――6人の未成年が自殺をし、12人が銃の犠牲になっています――いいですか、これは1日当たりの数字で、年間の数ではありません。

399人の子どもたちが薬物中毒で逮捕され、1,352人の赤ちゃんが10代の母親から産まれています。

これは歴史的に見ても非常に豊かな先進国で起きていることです。

実際アメリカでは、ほかの先進国と比較にならないほどの暴力行為が多発しています。アメリカの若者が、心の傷や怒りを表現する方法なのです。

しかし、イギリスの若者の間に、同じ痛みや苦しみがないわけではありません。

調査によると、イギリスでは、1時間に3人の未成年者が、自虐行為――自ら体を傷つけたり、自らやけどをしたり、薬物を過剰に服用したり――をしているそうです。

こうして彼らは、愛されない心の痛みや苦しみを乗り越えようとしているのです。イギリスでは、1年に一度しか、家族そろって夕食をとれない家庭が20%もあるそうです。1年にたったの一度ですよ!

……

この心の痛み、怒り、暴力行為の原因は探るまでもありません。

子どもたちは明らかに、愛してほしいと訴え、関心をもたれないことに体を震わせ、注目してほしいと叫び声をあげているのです。

アメリカの様々な児童保護機関によると、毎年何百万人もの子どもたちが、放っておかれるという形の虐待の犠牲になっているそうです。

放っておかれるという形の虐待。あらゆる電化製品を完璧に備えた裕福な名声のある家庭の中で起こっています。両親が帰宅する。

でも、本当にうちに帰ってきたのではない。頭の中はまだ仕事場にある。じゃあ、子どもたちは?与えられた感情のかけらで間に合わせているだけ。

そして絶え間なく流れるテレビ、コンピュータ・ゲーム、ビデオから得るものは少ない。

なぜわたしが自分の時間や財産の多くを「ヒール・ザ・キッズ」の活動をはじめるために費やすことにしたのか、おわかりでしょう。

わたしは統計の示す悲しい数字に、魂をもぎ取られ、精神を揺さぶられたのです。

私たちの活動の目標は単純です。――親子の絆を取り戻し、関係を修復し、地球の将来を担うすべての子どもたちの進む道を明るく照らすことなのです。

わたしは、今日初めて公に講演をしています。

みなさんに温かく受け入れられ、さらに話をしたいという気持ちになりました。

人にはそれぞれ事情があり、その意味で、統計データが独特の意味をもつこともあります。子育てはダンスのようだと言われます。

親が足を一歩踏み出すと、子どもも足を踏み出す。

ですから、親が子どもたちのために再び愛を捧げるだけでは、まだ半分しか意味がないのです。

子どもの側にも親を再び受け入れるよう準備しなくてはならないのです。

……

今日、多くの子どもたちは愛に飢えた子犬のようです。

そのような子どもたちは親のことを考えようとしません。そのままにしておくと、独立心おう盛な子どもに育ちます。

親元から離れ、去っていきます。ひどい場合は、親に恨みや怒りを抱き、その結果、親は自分のまいた種で、自らの首を絞めることになるでしょう。

このような過ちは今日ここにいるだれにもおかして欲しくありません。

ですから、自分が愛されていないと感じても親を許すよう、世界中の子どもたちに呼びかけているのです。

今日ここにいる人からはじめましょう。許してあげてください。

もう一度愛する方法を親たちに教えてあげてください。

わたしにはのんびりとした子ども時代がなかったと聞いて、驚く人はいないでしょう。父とわたしとの間の重圧や緊張は、よく取り上げられます。父は厳しい人で、小さいころから私たち兄弟がすばらしいアーティストになるよう強要しました。

父は愛情を示すのが苦手で、まともに愛していると言われたことは一度もありませんし、褒められたこともありません。

ステージで成功をおさめても、まあまあだとしか言ってくれませんでした。そしてまあまあのステージなら、父は何も言いませんでした。

父は何も増して、わたしたちが仕事上成功することを望んでいるように思われました。

その点における父の力はずば抜けたものでした。父にはマネージメントの才能があり、そのおかげで、わたしたち兄弟はプロとして成功しました。芸能人として訓練され、わたしは父の指導のもと、敷かれたレールから足を踏み外すことはできませんでした。

でもわたしが本当に欲しかったのは、「お父さん」です。

自分を愛してくれる父親がほしかったんです。

父は愛情を示してくれたことがありませんでした。目をまっすぐ見つめ好きだと言ってくれたことも、いっしょにゲームをしてくれたこともありませんでした。

肩車をしてくれたことも、まくら投げをして遊んだことも、水風船をぶつけあったこともありません。

でも、4歳のころ、小さなカーニバルで、父が私を抱き上げ、ポニーに乗せてくれたという記憶があります。

それはちょっとしたしぐさで、おそらく5分後には、父は忘れてしまったことでしょう。しかし、その瞬間、わたしの心の特別な場所に、父への思いが焼き付けられました。

子どもとはそんなもので、ちょっとした出来事がとても大きな意味をもつのです。わたしにとっても、あの一瞬がすべてとなりました。

たった一回の経験でしたが、父に対して、そしてこの世の中に対していい思いを抱いたのです。

自分自身が父親となり、ある日わたしは、我が子プリンスとパリスが大きくなった時、自分がどう思われたいと考えているのか、自問しました。

もちろん、自分の行くところにはいつも子どもたちを連れて行きたいし、何よりも子どもたちを優先していることを、わかってほしいと思います。

しかし、あの子たちの人生に困難がつきまとっているのも事実です。パパラッチに追いかけられるので、公園や映画館にいつも一緒に行けるわけではありません。あの子たちが大きくなって、わたしを恨んだら?
わたしの選んだ道があの子たちにどんな影響を与えるのでしょう?

どうして僕たちには普通の子ども時代がなかったの、と聞くでしょうか。その時、子どもたちがいい方向に解釈してくれるといいと思います。

「あの特殊な状況の中で、父さんはできるだけのことをしてくれた。父さんは完璧ではなかったけど、温かで、まあまあで、ぼくたちを愛する努力をしてくれた」

とあの子たちが心の中でつぶやいてくれるといいなと思うのです。

あの子たちが、あきらめざるを得なかったこと、わたしのおかした過ち、子育てを通じてこれからおかすだろう過ちを批判するのでなく、いい面、つまりわたしがあの子たちのために喜んで犠牲を払ったことに、目を向けてくれればいいと思います。

わたしたちはみな人の子で、綿密な計画を立て、努力をしても、常に過ちをおかしてしまうものなのです。それが人間なのです。

このことを考える時、つまり、どんなにわたしがあの子たちに厳しく評価されたくない、いたらない面を見逃してほしいかを考える時、わたしは父のことを思わずにいられません。

子どものころ、愛されたという実感はないけれど、父がわたしを愛してくれていたに違いないと認めざるを得ないのです。

父はわたしを愛し、わたしにはそれがわかっていた。愛情を示してくれたことは、ほとんどなかったけれど。

子どものころ、わたしは甘いものに目がありませんでした。 ―兄弟みんなそうでした。シロップに覆われたドーナツが大好物で、父はそのことを知っていました。

数週間に一度、朝1階に下りて行くと、紙袋に詰め込まれたドーナツがキッチンカウンターに置いてあったんです ―メモも説明もなく― ドーナツだけが置いてありました。

まるでサンタクロースみたいでした。 夜中まで起きていて、ドーナツが置かれるところをみようと思うこともありました。

でも、サンタクロースと同じように、二度とドーナツが置かれなくなることを恐れ、その魔法を大切にしようと思いました。

父はだれかに見られないように、夜中にこっそり置かなければなりませんでした。 父は自分の中の人間的な感情におびえ、それを理解できず、どうしていいかわからなかったのです。

しかし、ドーナツの件ではわかっていたようです。心の防波堤の扉を開けたままにすると、わたしの心に様々な記憶が走馬灯のようによみがえってきます。

ちょっとしたことで完全ではありませんが、その記憶は 

“父ができることをしてくれた”

ということです。

そこで今日これからは、父がしてくれなかったことに目を向けるのでなく、父がしてくれたこと、父の努力に目を向けようと思います。

そして、父を非難するのをやめようと思います。わたしは父が南部の貧しい家庭で育ったという事実に思いをはせるようになりました。

父は世界大恐慌の年に、この世に生を受けました。

わたしの祖父は家族を養うのに精いっぱいで、ほとんど愛情をしめすこともなく、子どもたちを厳しく育てました。

アメリカ南部で貧しい黒人が大人になっていくということが、みなさんにはどういうことか想像もつかないでしょう。

……

父が自分の感情をさらけだせなかったのも、無理もないことでした。

心をかたくなにし、壁でふさいだとしても何の不思議もありませんでした。そして何よりも、自分が経験した屈辱的人生や貧困を子どもたちに味わわせないように、子どもたちが芸能人として成功するように強要したのも、当然のことでした。

父の厳しさはひとつの愛情の表れだった。

完璧ではないけれど確かに愛だと、わたしは感じはじめるようになったのです。

父はわたしを愛しているから、強引に背を押したのです。

自分の血を分けた子どもたちが低く見られるのは嫌だったのです。

時とともに、苦痛は、感謝の気持ちへ変わっていきました。

怒りを感じていたところも、許せるようになってきました。

復しゅうしたいと思っていたところも、折り合いをつけられるようになりました。はじめに感じていた怒りは寛容さへとゆっくり変わっていきました。

10 年前になりますが、わたしは「ヒール・ザ・ワールド」(Heal the World)というチャリティー活動をはじめました。

わたしは心で感じたことを、その名に託しました。よく知らなかったのですが、のちにシュムリーから、HealとWorldという単語は旧約聖書の預言の基盤となっていることを聞きました。

みなさん、わたしがこの世界を、今日でさえ戦争と大虐殺に翻ろうされている世界を、本当にいやせると信じているとお思いですか?

わたしが子どもたちを本当に癒せると考えているとお思いですか?

コロンバインハイスクールで起きたように、銃を持って学校へ行き、クラスメートを撃ち殺してしまうような子どもたちをいやせると考えているとお思いですか?

1993年に2歳で殺害されたジェイミ・バルジャーの悲劇のように、自らを守れない幼児を殴って死に至らしめるような子どもたちをいやせると考えているとお思いですか?

―わたしはもちろん、そう思っています。そうでなければ、今晩ここに来ていないでしょう。すべては許すことからはじまるのです。

世界をいやすためには、まず自分自身をいやさなくてはならないからです。

子どもたちをいやすためには、まず子どもたちの心の中をいやさなくてはなりません。どの子どもたちも同じです。

わたしは、このままでは完璧な大人にも、無償の愛を与えられる親にもなり得ないことがわかり、子ども時代のつらい記憶の扉を閉めました。

みなさんにも、そうしてほしいのです。モーゼの十戒、第五の戒律(あなたの父と母を敬え)にふさわしい生き方をしましょう。

親を非難するのではなく、尊敬しましょう。

物事をいい方向に考えましょう。

だから、私は父を許し、父を非難するのをやめようと思うのです。

父を許したい。「お父さん」をほしいから。

結局わたしには彼しかいないのです。わたしは過去の重荷を肩から降ろし、父との新しい関係を踏み出したいのです。

過去のつらい記憶に邪魔されず、未来を築きたいのです。

憎しみに満ちた世界でも、望みをもたなければなりません。

怒りに満ちた世界でも、慰めの心をもたなくてはなりません。

絶望に満ちた世界でも、夢を忘れてはなりません。

不信感に満ちた世界でも、信じなくてはなりません。

親から傷つけられたと感じていらっしゃるみなさん、失望感を捨ててください。

親にあざむかれたとお思いのみなさん、これ以上自分自身をあざむくのはやめましょう。

親が邪魔だと思っているみなさん、代わりに手を差し出してください。ご両親に無償の愛を与えてください。

これは、みなさんに望むことであり、自分自身に言い聞かせていることでもあります。

そうすれば、親たちはわたしたち子どもから愛し方を学ぶことでしょう。

そうすれば、荒れ果てた寂しい世の中に、愛が取り戻されるでしょう。



みなさん、わたしたちがこのような世界をつくっているのです。

わたしたちがその世界に住む子どもたちなのです。

インド建国の父マハトマ・ガンジーが言いました。

「弱者は人を許すことができない。許すことは強さの裏返しである」

さあ、強くなりましょう。そして、壊れた関係を修復するために、立ち上がりましょう。

子ども時代に受けた傷が人生にどんな影響を与えようとも、乗り越えなければなりません。

ジェシー・ジャクソンの言葉にあるよう、互いに許し合い、互いに助け合い、そして前へ進みましょう。

許し合うことだけでは、涙に暮れる世の中は終わらないかもしれません。

しかし、多くの子どもたちが親との関係を修復することが、少なくとも新たな出発点となるのです。

結果として、わたしたちみんな、もっと幸せになるでしょう。

みなさん、信仰、喜び、興奮をもって、わたしの話を締めくくりたいと思います。

今日から、新しい歌が聞こえてきますように。
その歌を子どもたちの笑い声に。
その歌を子どもたちの遊ぶ声に。
その歌を子どもたちの歌声にしよう。
そして、大人たちは耳を傾けよう。

子どもたちのもつ力に驚き、愛の美しさに浸り、ともに、心のシンフォニーを創りだそう。

世界をいやし、痛みを取り去ろう。

そして、ともにみんなで美しいメロディーを奏でられますように。

神の恵みがありますように。“I love you”。


マイケル・ジャクソン
by makotokozu | 2010-12-12 23:30

宇宙の処方箋

Blessings!

NYにいるソウルシスターから呼吸についてのいい記事を教えてもらいました。

長年NYで鍼の診療所を開いてるふじえ先生の記事です。

(下のほうに、ヨーガの呼吸=宇宙のリズムを追記しました。)


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” いき (息) ること ” について


私たちは生まれてから死ぬまで無意識のうちに息をしています。

でも意識して呼吸をしたことがあるでしょうか。

エクササイズをするとき 力を入れるときに息を吐くと

乳酸などの筋肉の老廃物を取り除くのを促進します。

またコアマッスルが刺激されますので 骨格に沿ってきれいな筋肉がつきます。


息を吐くときに ”ムー” とか 深い ”あー” とかの音を立ててみましょう。

音はバイブレーションです。

このバイブレーションが筋肉や内臓を内側から やさしくマッサージするのです。

このバイブレーションで慢性の疾患が治ったケースもあります。

例えば胃潰瘍でしたら、胃の中から深く ”イー” と息を吐いてみましょう。

その息が胃を越して体中に心地よい振動を与え 広がっていくのが感じられると思います。


深い息を体に入れるということは 

生命を形づくるエネルギーを細胞の一つひとつに 注ぎこむということです。

このようにして真底から 命みなぎる毎日をいき(息)ることができるのです。

(島影ふじえ、41丁目診療所、L, A, c 東洋医学科)

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ヨーガでも呼吸を意識するし、

音を出しながらバイブレーションを発しての呼吸法があります。

わたしたちは、生まれてから一度も呼吸を休んだことはない。

だけど、

どのくらいの人が、意識して呼吸をしているか 「いま」を真剣にいきてるか。

呼吸は=命です。

マクロである宇宙と、ミクロであるわたし達の人体は、

呼吸で繋がっているとも言われています。

宇宙のリズムは、

満たされた無であり、

全知をも超えた大円満であるといいます。(チベット・ゾクチェンの教えより)

ここが治癒の根源となる泉です。

強烈なアーサナをしたあとの

シャバアーサナのときにやってくる静寂。

呼吸法で五感すべてを内に向けて

アーサナで蓄えたプラナに気がつくとき

呼吸はとてもゆっくり穏やかに

呼吸をしていないほど静かになります。

そこが宇宙のリズムです。

たのしんで、戯れてください。

The Cosmic Love around you.

Makoto
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Photo By Thomas from NY
Love his pics!
by makotokozu | 2010-12-10 16:04

宇都宮へ行ってきました~

Blessings!

宇都宮の癒しフェスタが終了しました~。

終わって一安心、無事に帰ってこれたし、

これからはレギュラールーティーンに戻ります~

と、思ったら

今日はそま(娘、4歳)の幼稚園の懇談会。

友人宅でターメリックオイルを作っての

アーユルベーダ研究を予定してたので、繰り上げて、

まいてまいて~

のまた ドタバタの一日。

午後の懇談会で

半分 舟こいでました・・・・・zzzzz




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プアヒナちゃんとお店をしながら

なんだかお互い日本に帰ってきてから進化したなっていうか、

いま、宇都宮で、お店出してるw

NY帰りのわたしたち・・・

わたしたちのはじまりは、

まず傷ついてぼろぼろだった

自分を癒すことから始まったんだったなぁ~と。

まるでNYのまんまの、

濃ゆ~い不思議な二人。

いまの世の中、

生きてくって

不安なことだらけ。

それでも唯一無二の存在は、

わたし(SELF)だけ。

プアヒナちゃんとそんな話を

お客さんが来なくて暇なとき

ずっと話してた。

「Self」を確認する、

自分自身を認める、

そして

「自我」(エゴ)を手放す、

その過程を乗り越えるのは

自分=SELF

ヨーガするときも

彼女のするリバーシングも

すべて呼吸を意識していく

全身全霊

命をかけて

集中し、

呼吸をしていく

呼吸は命

どれだけの人が

命をかけて

呼吸をしてるだろう。

Live Your Life

Om Tat Sat
真理のみが真実在なり

シャンティー・・・・

そのバイブスが伝わったのか

どんどん人がやってきた。

シャバアーサナと枕を試した人の90%

ヨガ枕購入してくれました。

ありがとうございます。

Have a Nice dream and Get Real relaxation.

Love
Makoto
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by makotokozu | 2010-12-06 21:13

すべてのストレスが悪いわけじゃない。

Blessings!

やれやれ、ラベンダーアイピローを作ってるわけですが

小さな針仕事は、疲れます。

ヨガ枕、20個を実家に新たに頼んだのですが、あっさりできて我が家に届きました~。。。

さっすが、プロだなぁ。

まったくアイピローのくちを縫い合わせるだけなのに、ぜんぜーん進んでな~い!

癒しフェスタに出展するのは、明日でございます。。。ちーん・・・・

明日はキッズヨガ、そのあとはプライベートレッスンです。

新たなヨーガ仲間に会えるので、これもテンションが上がります。

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今日はアーユルベーダ的・ストレスの話。
(注意:これはわたしが学びましたが、わたしの解釈でお話してます。)

ストレスには 「いいストレス」と「悪いストレス」があります。

たとえば、身体にも程よいストレス(運動)をすることによって

運動力は高められ、温度も上昇、免疫アップにも繋がります。

心にも程よいストレスが与えられることによって

心にも柔軟性がつき、人の気持ちや、いたわりの心などが生まれるそう。

わたしの大好きなヴィヴェカーナンダの言葉に

「不幸こそ、最大の教師」
               -スワミ・ヴィヴェカーナンダ

と、いうのがあります。

いいことよりも、辛かったこと、悲しかったこと、

乗り越えた今は、すべてがわたしに必要だったハプン!

今は感謝すらしているという、変わり者?です。



最近気になることがひとつ、

いま、世の中がすこし自暴自棄になっている。

世の中のバイヴスが投げやりな波長になってる。



「どうにもならないことなんて、どうにでもなっていること」
                                 -ザ・ブルーハーツ!

頑張りすぎずに、肩の力抜いて、

自分らしく生きていけばいいのです。

「それでいいのだ~♪」
            -バカボン・パパ

これからは、それがかっこいいわけです。

自分らしくがわからなかったら、

ゆっくり一緒に
一緒にヨーガしましょう~☆

I have a lots of time for myself!

あなたもわたしも自分自身に向き合う時間は無限大!


キッズヨガのあと、
今日は北小金に新しいヨーガ仲間に会いに行きます。

ありがとうございます。
感謝します。ヨーガが繋げてくれる縁に。

Hari Om

makoto


「いいストレス」→アイピローあと8個!
by makotokozu | 2010-12-03 21:18

今年最後のプラナキッズ@高田近隣センター

Blessings!

気持ちよく晴れましたね~
青い空と風が気持ちよくて空気も綺麗

今日の午前中はプラナヨーガでした。外に出たらキラキラしていたので感動してました~


明日は高田近隣センターでプラナキッズヨガです。
時間は10時半からです。

大好評につき、ママたちのシャバアーサナの時間はまたインドの絵本を読みま~す。

今回は「はらぺこライオン」です。

インドは細密画が有名ですけど これも古いワルリー画で書かれた

アートとしても素晴らしい本です。

どっかの国で賞をもらったこともあるはず・・・のインドの昔話のドジな笑える話です。

あしたで高田近隣センターでするキッズヨガは今年最後です。


出会えた元気で、まさしくプラナキッズたち、お母さんたち、ありがとうございました

また来年も楽しく一緒にヨーガをヒントに繋がっていきましょう

会えるの楽しみにしています

Love & Light,
Makoto
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by makotokozu | 2010-12-03 15:47